間に挟まれても
こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの結い心理相談室です。
数多いサイトの中から、当事業所の記事をご覧いただきありがとうございます。
深い、深すぎるーと思ったSNS投稿。
医療ソーシャルワーカーとして退院支援業務に当たっていた時の話。
今の医療制度では「在院日数」や「入院可能期間」が定められており、「のんびりとその人のペースに合わせて」が、したくても難しいことが多々あります。
速やかに話をまとめて、速やかに退院が決まれば病院側(特に医師、看護師、事務方)からは喜ばれます。
しかし、患者さんや家族にとってはどうか。急かしたつもりはなくても、言葉の端々や雰囲気から、そういったものは伝わってしまうのです。
当然、患者さんや家族にとっては良い気はしませんよね。
「追い出された」とは、僕が一番言われたくなかった言葉です。
一方、患者さんやご家族を優先すると、どうしても時間がかかることは避けられません。
患者さん側から喜ばれても、院内の他職種から、白い目で見られると、それはそれは辛いものがあります。
「正しいことをしていて、何が悪い。」
そう思った医療ソーシャルワーカーは数知れないのではないでしょうか。
病院側からも、患者さん側からも、都合良く喜ばれるということは、なかなか両立しないものです。
もし、両立しているとしたら、そこにまったく「嘘がない」と言えるだろうか。
両立したとしても、悩みは尽きません。
頑張れば頑張るほど、誰かの物語では喜ばれ、誰かの物語では嫌われる。
どっちを取るか、という単純な話ではないのですが、その間で均衡を図ったり、時に自分を貫いたり、曲げたり、現実はその連続なのだと思います。
本当に、働くって、もっと言えば生きるって難しいなと思います。
人によって、優先したいことが異なります。
立場によって、大事にして欲しいことが異なります。
同意(相手と同じ考え)は難しくても、折り合いをつけて合意はできないだろうか。
そんなことを考え続けた連続だったと思います。
短期的には、悪役になったとしても長期的には相手に利益をもたらせることもあります。
決してどちらかだけでなく、両者のことを考え続けるのなら、考え続けた人の言葉なら、それ相応に重みが増します。
「君がいうのなら、それでもいいよ」
そんな結末もあったりする。
どこにあるか分からない最適解を今日も探す。これからも。
そんな中にしか、答えは見えてこなかったりする。
相反する二者間には、そんな苦悩がいつも付きまといます。
答えは、毎回、事柄によって変わるのだけれど、答えの現れ方が毎回異なるので、いつも新鮮に感じます。
願わくは、考えることに疲れ果てないように。
だから、少々の失敗に挫けないように、上手くいかなかった時の自分を許すのも大事です。
それは仕方がないことだから。
挑んだことに価値がある。
きっと、誰も言ってくれないだろうから、僕から言わせていただきます。
それは、仕方がないことですよ。そこに挑んでくれてありがとう。お疲れさま。

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