いいひと

こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。

いいひと、いい人、良い人。

自分にとって都合のいい人をそう呼んでいるだけなような気がする」とは、進撃の巨人の台詞。

もし、誰かが「いい人」と口にするなら、それは「誰にとっての」いい人なのか、「何が」いい人だと思わせるのか。

きっと、深く考えずに口にするのでしょうけれど、判断した背景が気になりますね。

世知辛い世の中です。

こういった好まざる経験をしてしまうこともあります。意外と多いのかも...。

きっと、そんな傷付きを経験した人ほど、「いい人」の言葉に敏感になってしまうのかもしれません。

僕も、したくもないけれど、いい人になろうと努めていた時があります。

いい人になること自体は、実は簡単です。

誰かが為すべきことを、先取りして、その人のためにやってあげれば、それで成立するのですから。

戦略的にする場合もあると思います。

問題は、何故、いい人をやろうとしているのか。

問題は、何故、いい人をやらざるを得ないのか。

問題は、いい人をやって、何故、心地よいと思うのか。

問題は、いい人をやって、何故、辛いと思うのか。

以下、(戦略的にする場合以外においての)僕なりのざっくりとした考察です。

1、何故、いい人をやろうとしているのか。
  • 人から誉められるのが嬉しい。
  • 人から必要とされることが誇らしい。
  • 良い人物を演じることで得をする。

言い回しが違いますが、根っこは同じで、利点があるからです。

そうすることで何か(良い効果)を得ようとしているのでしょう。

2、何故、いい人をやらざるを得ないのか。
  • そうしないと、誰も評価してくれない
  • 人からの目が怖い

言い回しが違いますが、根っこは同じで、空虚が恐いのかもしれません。

ちなみに、僕は空虚が悪いとは思いません。

3、いい人をやって、何故、心地よいと思うのか。
  • 感謝が嬉しい
  • 他では得られない肯定的な評価
  • 集団の中で自分の立ち位置(社会的位置)を作られている

「単純に嬉しい」は良いのですが、「いい人であり続けないとそれはできないのか」と別の問題を生みそうです。

4、いい人をやって、何故、辛いと思うのか。
  • 疲れてしまう
  • 本当はやりたくない
  • 振り回される

「無理をせざるを得ない」状況に陥ることもあり、本来の自分ではない自分を続けないといけないとしたら、これほど辛いことはありません。

極端な話、いい人であっても、そうではなくても、どっちでも良いと思います。

ただ、誰かにとってのいい人にならないと、自分が保てないとしたら、自分を見直すべき時かと思います。

自分は自分のままで、良い。

自分の付加価値を敢えて作ろうと思わなくても、既に何も問題はなく、大丈夫なのですが、そうせざるを得ない事情があるのかもしれません。

どうするべきかは、実はほとんどの人が分かっている。

困るのは、(正解と思う)答えと今の自分の現在地の間の隔たりが大きいこと。

辛いのは、たどり着きたくても、着けないこと、もどかしさ。

橋渡しが必要なのか、回り道が必要なのか。それとも別の方法か。

手段があるなら、自分なりの方法を探し出していけば良いと思います。

「必ず手段がある」という前提があるとしたら、あなたには、どんな方法が思いつきますか。

ゆっくり、紐解いていくと良いでしょう。

結果、あなたにとって、あなたが良い人であれば、それで良いのではないでしょうか。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。