自信の正体

こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。

「自信がある」「自信がない」と人は言う。

どちらかと言えば「自信がない」と言う場合の方が多いのかもしれません。

僕もどちらかと言えば、「自信がない」ために不安感が強かった部類だと思います。直近だと、開業すると決断した時、実は自信がなくて不安でした。但し、ここの所をよく見ると、「自信がない、だから、やらない」ではなくて「自信がない、けれど、前に進む」だったことが面白いと、我ながら思います。

必ずしも「自信がある、だから、行動する」ではないということ。むしろ、「自信がなくても、前には進める」ということの方がやはり興味深い。

ある人が言っておりました。

何もしていない内から、最初から、自信がある訳ではない。ただ、ひたすら行動していく中で、自信を得ていくのだと。

「なるほどね」と思いました。僕の歩みと照らしても、そのとおりだと思いました。

果たして「自信」とは何なのでしょうか。どうやったらそれを得られるのでしょうか。

まず、前提として、「あった方が良い」と誰もが思っております。それでは、何故、無いといけないと思うのでしょうか。不安が嫌だからでしょうか。

「自信」は、「自分」を「信じる」と書きます。

そして、「信」とは、辞典を開くと「疑わない(信頼する)」「誠実(嘘がないこと)」と書いてありました。

「疑わない(信頼する)」の言葉から、「信頼」はそもそも最初から、あるものではなく、育み、また、培うものだと思います。

そして、「誠実(嘘がないこと)」の言葉から、「言」ったことを「成らせる」、「実」らせると分解できるとおり、「有言実行」だと思います。

ここから考えられる「自信」とは、自分がやると決めたことを実行して、自分はそれをやる人間なのだと信頼すること、ではないかと思いました。

「良い結果」が実れば、確かに自信になると思いますしかし、結果は水物(運に左右されて、当てにならないもの)だと思います。

確かに、「良い結果」を探し求める力も大事です。しかし、確率十割はあり得ません。つまり、試行錯誤(ある程度の失敗)は付き物ということ。

だから、大事なのは「有言事項」して、それができる自分を「信頼」することが、すべての基礎ではないかと思います。

だから、期待する「結果」は、必ずしも自信獲得の絶対条件ではないと思います。

ところで、イチロー氏の以下の言葉に痺れました。

『自分が新しくトライしたことが、すぐ結果に直結しないと、もう次の日にはやめてしまうんですよ。それはげん担ぎに近いから、いや、もうちょっと続けないと分からないことあるんじゃないかなって。(略)僕は、続けて正解だったものもあります。ただ、不正解もたくさんあります。それは時間をかけてやることでしか判断できないんですよね。」

僕は元々、イチロー氏の言葉の数々に影響を受けており、もしかしたら自分の中に眠ったイチロー氏の言葉がたまたま、今、呼び起こされただけかもしれません。

そうだったとしても、僕も全く同じように考えます。

つまり、まず実行が大事。但し、必ずしも無闇に続けることが目的ではなく、続ける中でより正しいものを自分が見つけられるということ。そのためにもある程度の継続は不可欠。総じて、それができる自分ならば、信頼できるということ。この自分だったら、これからも何とかやっていけると信じられるということです。

これが、僕の考える自信の正体です。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。