忙しい自分に酔っていた時の話

こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。

過労死しそうなくらいに働いていた時があります。

なぜ、そこまでするのかって?

僕の場合、めちゃくちゃ働くことで、仕事をしている手応え(充実)が欲しかったから。

バカだね〜と、今なら思うけど当時は本気でそう思っていた。

実際、忙しかったという事情もあります。

「忙しい、しかし、体は休める」と考えるか「忙しい、だから、目一杯仕事をして、タスクをこなそう」と考えるか、その人の選択一つです。

仕事は湯水のように湧いてくるのが常で、「ひと段落つく」は、なかなかやってきません。一つの案件を終わらせると、また次の案件が気になって...の繰り返し。

割と、僕は「気合と根性」で「頑張り」たがる性分なのでしょう。

残念ながら、そんな考えだと効率も、仕事の成果の質も、実は悪かったりする。何なら、他人にも同じことを要求しかねない危険もあったりします。

土曜日も、日曜日も残業をしに出勤して、誰もいない職場でのんびりと自分のペースで仕事をしていると意外と心地良かったりします。

困った事に。

しかし、いざ平日が始まると体が怠くて仕方がありません。

休んでいないのだから、当然ですね。

当時は、平日は21時くらいまで残業して、土日に数時間(半日分)働いてというめちゃくちゃぶり。

ちなみに、部署の面々はなるべく早く帰すようにはしておりました。自分と同じような働き方をされると困るから。

かなり矛盾したことを僕はしていたのだと思います。

当然ですが、精神状態がおかしくなります。

何だか分からないが、イライラして、自分を保てなくなる。

そんな自分に自己嫌悪して、落ち込んで、しかし、そんなんじゃダメだと自分を奮い立たせ...。

「客観視」とは、難しいものですね。

当時は自分で大丈夫と思っておりましたが、まったく大丈夫ではありませんでした。客観視ができていなかったと後から気づきました。

今だって、できているかどうか。

本当に客観視しようと思ったら、人の助けを借りないと、なかなかやれないのだと思います。

結論として、忙しい自分に酔って、働きまくった結果、「仕事をしている手応え」どころではなく、心身の状態が悪化しました。

手応えはあったかと言われれば、有るような、無いような。

はっきりしていることは、自分が想像した「充実感」「満足」には程遠かったということ。

基本的に、仕事に費やせる時間には限りがあります。上限が最初から決まっているので、その範囲内でやれる仕事量にする必要があります。

目先に積まれた仕事を、片っ端からやろうとするのは、土台無理な話です。

必ず、許容量を超える段階がやってきます。

「頑張る」のも大事なのだけど、頑張る範囲は制限して、頑張る範囲を決める計算をしなければなりません。

要は、頑張る前に作戦(計画)は立てましょうね、ということ。

気合と根性で頑張っても、疲れるだけで、手応えは少ないのだと思います。

それよりも、どうしてそんなに手応えが欲しいのかな。
どうするとその手応えが手に入るのかな、と考えると良かったのですが...。

援助職も、自分のことになると、かなり盲目になります。

あの時、なんかおかしいぞと思った時、誰かに相談できていたのなら、と思います。

なかなか自分の知った人には相談しにくいものです。利害関係が生じることもあり、自分の内側をさらすのは、知っている相手だと、特に言いにくいかと思います。

他人の相談は山ほど聞くのに、自分の相談をするのは不得意。支援者にはそんな一面もあるのではないかと思います。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。