大人だって泣くんだよ

こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。

大人になった自分。

そんな題名で、子供の頃に作文を書いたような記憶があります。

子供の想像力で描く自分の将来像は高が知れている気がしますが、大人になってから答え合わせをしてみると面白いかもしれません。

学生の頃、どうしても医療ソーシャルワーカーになりたくて、それ以外の未来など要らないと本気で思っていたことがありました。

実際に医療ソーシャルワーカーになってみると、憧れとは裏腹に、あまりの大変さに「この仕事を、続けていけるのだろうか」と思ったものです。

そんな二十代前の時、三十代、四十代になっている自分のことなど全く想像もつきませんでした。些細なことでくよくよ悩んだり、心配させられてしまう自分が嫌で、もっと大人になったら、どっしりと大きく構えていられるだろうか、と遠い未来に微かな期待を寄せておりました。

四十代になった自分は、二十代、十代の時とは、基本的には変わりません。

もちろん、社会経験、人生経験を積み、自分自身を当時よりも知ることができ、自分との付き合い方もわかったので、自分自身を持て余すようなことはあまりありません。

それでも、基本的性質は変わらず、大人だって悩むことは悩み、分からないことは分からないし、恐れも人並みにあります。歳を重ねても、それぞれの人生の段階に応じた課題がやってきて、いつだって新鮮な悩みは付きまとうものです。

大人だって、悩むんだよ。

そう過去の自分に教えたい気もしますが、がっかりするでしょうか。

大人って

子供が思ってるほど

大人じゃないし

親の前に

一人の人間なんだって

美願食堂

漫画の台詞ですが、そのとおり、だと思います。

親は親で、たくさん悩むんですよね。そして、悩んだ数だけ成長もすると僕は思います。

不安だったり、悩むのを隠しても、あまり良いことは分かりません。どうして良いか分からなくても、分からないなりに必死に考えて、事に臨むのが一番確実で、自ずと事も解決していくことの連続だったような。

親でなくても、大人にも悩みは付き物です。

ドラえもん名作「パパだって甘えんぼ」

ドラえもんが「大人って可哀想だね」と言い出す。

のび太が「どうして?」と聞き返すと「だって辛いことや悲しいことがあっても、寄りかかって甘えたり、叱ってくれる人がいないんだもの」とドラえもんは続ける。

のび太も「そうか、自分より大きなものがいないんだね」とドラえもんの説明に納得するのだった。

みずいろてすと

上記は、引用文のとおり、ドラえもんの名作回です。

僕は、小学生の頃に、単行本でこの話を読んで、妙に心に残ったのを覚えております。「僕のお父さんも、そうなの」と。

大人になってからこの話を見ると、のび太の父親にとても感情移入できます。

世代や人、状況にもよるかもしれませんが、男は社会に出て、年齢を重ねて、役職がついたり、父親になったりすると、弱音を簡単に言えなくなります。正確には、言いたいんだけれど「そんなんでどうする」と自分からも、周囲からもいさめられてしまうのです。

上記の引用元に「強くたくましいはずの父親が赤ちゃんのように泣きわめく時」とあって、この気持ちもよく分かるな・・・と思います。一旦、心が折れると、男だって、子供のように泣くんですよね・・・。僕にも経験があります。

この弱さを出す場面は、その相手以外には決して誰にも知られたくないものです。こうなったことすら、恥じるものです。女性の涙には「心の浄化」の意味合いがありますが、男の涙には「小さな死」の意味合いがあると思います。

心が一度折れて、死んだかのような気持ちになるからです。

けれど、それもまた、不可避で、時には必要な場面です。

子供が大人の支えを必要とするように、大人だって誰かの支えが必要です。

大人になっても、弱さは変わらずにあり、悩み、時には泣くのです。それは特別なことではなくて、誰だってそうだと思います。

大人だって、泣くんだよ。でも、それでいいじゃないか。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。