美味しいを伝える最善の方法

こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。

昨晩の話ですが、夕食がとても美味しく、満足しました。

料理の選定、料理の出来、僕の気分や体調や空腹具合と、いろんな要素が絡んで「満足」に至っているので、「とても美味しい」と感じる状態は、唯一無二で簡単には再現できません。

昨晩は、そんな会心の気持ちを味わえたので、「美味しかったよ」と伝えました。そうしたら、「どうしたの急に」と言われてしまいました。

そうなんです。僕は普段から、「美味しかったよ」とか「ありがとう」とあまり言っていないので、却って訝しがられたようでした。

かつて、僕の母と妻との会話で、こういうのがありました。

「(母にとって、僕は)何でも残さずに食べてくれるから、作り甲斐があるんだ」と。

大食漢ということもありますが、僕は基本的に体調不良でもない限り、食べ残しをした記憶がありません。ぺろりと平らげるが標準です。

思えば、母にも食事を作ってもらって「ありがとう」と満足にも伝えておらず、いささかの申し訳なさを感じます。ただ、母が言うには、残さず食べてくれるのでそれなりに満足しているようでした。また、僕の食べっぷりを見ると、何が好きかは分かるらしいです。

ろくに御礼も言わないことを正当化するわけではないけれど、妻も同じようなことを言っておりました。

食べっぷり、完食という状況が、「満足でしたよ」を間接的に伝えていた側面があったようです。

そういえば、稀に僕が食事を作って、食べ残されると、「口に合わなかったかな」と妙に気になったものでした。分量の問題はさておき、完食するのは、一つの礼儀でもあるのかもしれませんね。

ただの食事の一場面ですが、「伝える」よりも先に自分の様子が、自分の思いを「伝えている」、「伝わっている」のだなと思います。

これは何も食事の場面に限らず、表情や雰囲気で、心の中にあるものが伝わることがたくさんあるのだと思います。

心配してくれている雰囲気、気遣いは明確な行いに反映されずとも、何となく伝わるものがあります。

特に近しい間柄であるほどに、取り繕うまでもなく、自分が意識するよりも、自分の思いが伝わっていることがあるのだろうと思います。たとえそれが良いことであっても、そうではないことであっても。

僕の中の何が、相手に伝わっているのかな。

もうちょっと、意識してみよう。そう思いました。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。