日曜日の夜に負けるな

こんばんは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリング 中田雅也です。

日曜日の憂うつ

今日は三連休の最後です。
昨日、支援者の休日と題して、オンとオフの切り替えについて触れました。

今日も、そのくだりから入ります。
勤めている時、日曜日は昼を過ぎると、だんだんと憂うつになってきました。
と、言うより、小学校、中学校、高校の時もそうだったと思います。

例外は、大学生の時。
おそらく、自由があったからでしょう。
社会人になってからは、「ああ、明日から仕事か」と思わない時は無いくらいと思います。

SNSにもそんな呟きが溢れておりますよね。

ちなみに、個人事業主になってから、日曜日の憂うつは無くなりました。
おそらく、これも大学生の時と同じて、自由があったからだと思います。
ただ、個人事業主が楽かと言うと、全くそうではありません。むしろ、不安定なので、別の心配は常にあります。
サラリーマンの時とは、頭の使う所、悩む点が違うだけで、一長一短に変わりはありません。

そこも含めて、どの道を選ぶか。
その選択でしかないと思います。

日曜日の憂うつへの対処

日曜日が憂うつで無かった時(例外)があったかどうか。
無い訳ではありませんでした。

具体的には、日曜日が当番勤務で出勤していた時。
頭が既に、日曜日にして仕事モードになっているので、そんなに日曜日の夜が重荷にはなりませんでした。
しかも、日曜日の勤務も、病院内も周囲も、基本、休み状態なので、あまり負荷がかかりません。

つまり、ある程度、自分の配分で仕事を組み立てられます。
あれやこれやと、重圧をかけてくる「誰か」もそんなにおりません。

  1. 休みの日でも完全にオフにしすぎない(再始動が負担にならない程度に)
  2. ある程度、重圧から解放されると、仕事自体が必ずしも苦痛という訳でもない

自分で挙げておきながら、現実的には①の制御も容易ではなく、平日の通常運転で②の状態にするのは難しいです・・・。

現実として、都合良く、休み明けの憂うつを回避するのは難しいのかもしれません。

短期的な対処は、気分転換とか、その程度しかできないと、今の所、僕は考えます。
ただ、中・長期的には、実は対処できることがあるかもしれません。

あくまで、例えばですが(それもごく簡単に)

考えてみよう

日曜日が憂うつ
⬇️
(なぜ、そう感じるのか)仕事の重圧が大きい
⬇️
(どうやったら軽減できるか)仕事の割り当ての再検討、自分の助けてくれる味方や理解者を作るなど
⬇️
(そのために何ができるか)手助けしてくれそうな人との疎通をマメにする、など。

僕が、勤めていた時に個人的に意識していたのは、小さな安全地帯をどれだけ作られるか、でした。
それは理解者を作るだったり、悩みを相談する(共有)行為だったり、時には時間休暇をとって休むことだったり。
要は、自分にとっての安全地帯であれば、何でもいいから作り、開拓し、活用すること

当事者をクライエントに見立てて、ソーシャルワークしようと考えた時に、何ができるかを考えると、そんな小さな社会資源を見出だし、活用することだったりします。

今のは、比較的着手しやすい事柄です。

そして、究極的に、どうにもならない事態があるのなら、環境ごと変えるのも選択肢としては有りだと思います。

野球のイチロー氏が、しばしば動画の中で「取り巻く環境と人間関係」という言葉を使っていることに気づきました。
こちら(現代ビジネス)によると、実際、イチロー氏も所属球団(チーム内)において、人間関係では随分と苦悩があったようです。
自分の努力でできることには最善を尽くすのは当然としても、自分の力が及ばないこともあります。

それによって、移籍を決断したと書かれております。

きっと、大きな決断だったでしょう。
僕も、実際に退職するまでには、何度か検討したことがあります。

『もっと頑張れるのではないか、この程度で辞めて良いのか』
『転職を考えたとして、今と同じくらいの就労条件や給与が見込まれるのか』

いろいろな思いが過りました。一番は、環境を変えるという決断が怖かったのが実際です。

個人的に思うのは、『自分の目的』で判断して良いのではないかということです。
例えば、専門職として腕を磨きたい、を一番(目的)に考えているのなら、今の勤め先でそれが叶うなら、暫し、辛くても頑張る余地があると思います。
無難に糧を稼ぐという考えももちろん有りで、そのために、あまりにも過酷な環境だと判断できるなら、自分の心身の保全のためには環境を変えるのは妥当だと思います。

いわゆる「メリット」「デメリット」を表にして書いてみると、可視化できて、頭が整理されます。

ただ、勘違いしてならないのは、自分の課題と向き合うのが辛いから辞めるではいけないということ。
組織内部で取り組むべきこと、改善できることはある程度にやった上でないと、本当の意味で次に繋がらないと思います。

ただ、非常に加減と見極めが難しいのですが、安易な逃避でもいけないし、無闇に頑張り続けることも、勧められないと思います。

結論

話が大きくなってしましました。
しかし、現実的に対処するとは、こういうことだと思います。
僕だったら、ここまで考えて、行動できたら、日曜日の憂うつに負けずに済むかな、と思います。
何をもって、勝ち負けかは、人それぞれですが、下手に怯え続けなくて済むのなら、それは負けてはいないのだと思います。

気分じゃなく、現実的に、論理的に、憂うつと戦うと、自分に力も付き、恐れ(気分)を退けられるのではないか。
僕はそのように考えます。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
青森県八戸市・階上町を中心にカウンセラーとして活動しています。また、電話・オンラインカウンセリングもご利用いただけます。
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