慣例より法が大事な理由

ちょっと、たいそうな題名にしてしまいました。
例えば、人間関係も突き詰めると、心理の理論だけでは解決できないことがあります。
今日はそこのことに触れていきます。

慣例

「慣例」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
「慣例に従う」と言えば、無難に事を運ぼうとする時の典型。
「慣例だから」と返答すれば、「右に倣え」ならぬ「前に倣え」。
新しい事を始めるよりも、目の前に繰り広げられる「慣習」に影響を受けて、自分も進んで同じ事をしているといったことがあるかもしれません。

残業未払いの慣例

しばしば、「サービス残業」が常態化し、内部の職員が耐えかね、労働基準監督署に通報した、なんて話を聞いたことがあるかもしれません。
まだまだ、そんな企業等は多そうですね。

昔、どこかの労使交渉の場で、「残業が必要と認めて上司が指示すれば、残業だが、指示していないものはそうではない」と発言した人がいて紛糾したことがありました。
言っていることは、実はその通りです。従業員が、自己判断だけで残業をしても、労務管理は上司の裁量なので、好きにできる訳ではありません。

しかし、実際には、上司も忙しく、従業員の自主性という名の善意に任せていることが多く、どこからが残業で、どこからが残業ではないかと境目は、あってないようなものです。

僕も、係長時代(非管理職)に、部署の時間外労働に対して、時間外伺いを別部署の直属上司に提出したら、烈火の如く怒られたことがありました。
曰く、◯◯部の職員は、時間外労働申請(残業手当)をするなど、昔では考えられず、今でもそうなのだと。

「そんな、ばかな」と思う僕。

部門内を巻き込んだ議論に発展し、最終的に、必要な時間外業務に対しては、きちんと申請すること、管理者は、部署の時間管理を行うことで何とか収まりました。

当然そうなるべき結論だと思います。法を犯してまで、慣例が優先される道理はありません。

人は、何かあれば、公的な決まり事よりも、慣例を優先するのだな、と思いました。

集団間の慣例

何も、仕事場に限った話だけでもありません。

ある人(Aさん、女性)が、数十人のあるサークルに属して、事務処理を担当しておりました。ある時、サークル活動の会場予約をAさんが間違えてしまい、活動ができなくなった手違いがありました。

どこの集団でもあることかもしれませんが、そのサークルには、Bさん(女性)という、いわゆるボスがおりました。
Bさんにとっては、Aさんを力関係では下と見ているので、ねちねちと、また、激しく口撃したようです。

大勢の前で叱られたAさん、困り果て、何とかBさんに謝ったそうですが、ろくに口も聞いてくれない事態となりました。

Aさんは、「私が悪いんです、私のせいなんです・・・」と引きずって、しばし元気がなくなりました。
また、個別にも、再度にBさんに謝ったそうですが、相手にしてもらえないと悲嘆しておりました。

一方、サークルの他の人たちは、Aさんのただの手違いである事を知っているので、「仕方がないよ」と寛大に見てくれているようです。
ただ、ボスであるBさんを恐れてか、表立っては言えないようです。

「私人」間においても、ボスであるBさんに従うという「慣例」ができているようです。

果たして、Aさんはどうすれば良いか。Aさんは、既にBさんにも、他の人たちにも謝罪はしているようです。
そして、手違いを繰り返さないように、複数人で点検するようにしたそうです。

Aさんにできるのは、実は、ここまでです。それ以上にするべきことはありません。
BさんがAさんを許すかどうかは、後はBさんの問題です。ましてや、許してもらうまでAさんが謝り続ける道理もありません。
それではAさんは、Bさんの奴隷になってしまいます。

いくらボスのように振る舞っても、限度があります。
見ようによっては、ハラスメントの域に達しており、逆にBさんがこのままの姿勢でいるなら、それが問題となりうるでしょう。

このように、「私人」間だと、会社組織と違って法令や規範が明確でないため、個人の横暴がまかり通ることがあります。

まるで「力のある人が規則」という慣例は、意外と多いのではないかと思います。昔、某漫画で「俺が校則だ」といって傍若無人に振る舞う教師がおりましたが、ある種の独裁や専横にも繋がるので、よくよく、人の間の関係や力動を見て、慣習に囚われない対処が必要だと思います。

法治主義

あまり意識しないかもしれませんが、この社会は法で成り立っております。

法治主義や法の支配とは、社会の授業でも教わる話ですよね。突き詰めると、権力、腕力によらず、正しく混乱を静めるには、法が不可欠です。

1、日本国憲法
2、法律(国)
3、条例(都道府県、市町村)
4、組織の規定(例:就業規則)
5、「私人」間の規則(例:家族内の家事当番、その他慣例など)

このような順序で、この社会は法によって秩序が保たれております。
ハラスメントが問題なのは、被害者の不利益や傷が問題なのは言うまでもありませんが、法に触れることであり、それ故にやってはならず、場合によっては刑事罰の対象となったり、民事で訴訟を起こされることもあります。

「慣例」に任せ、そこでの行動の度が過ぎると、残業未払いも、「私人」間の叱責も、法に触れることがあります。
当たり前のことなのですが、結構、当人たちには見落としておりで、むしろ、「自分は正しい事をしている」と思い込んでいる場合もあります。

当事業所でも、人間関係の相談においては、放置するとまずいような事案もあり、解決のためには人間関係の理論だけでなく、法の知識が解決に用いられる場合もあります。そういった後ろ盾があると、少しは、「自分は相手に言われるほど悪くはない」と気付けることもあります。

今回は、危険な要素がある「慣例」について触れました。
もちろん、一口に「慣例」といってもいろいろあり、その全てが悪い訳ではありません。

大事なことは、それを見分けることではないかと思います。
対処するにしても、個人が努力するべきことなのかの見極めが重要です。相手の側の課題(領域)であれば、他が介入する筋合いではなくなります。対処手段は実に多様です。

いろいろな場合が考えられますが、それぞれの「出来事」と「解釈」の「文脈」に沿って考えるのが大事なのは言うまでもありません。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。