僕が役職に就いた時の話(二)

こんばんは。

今回は、役職に就いた時の話の続きです。

ちなみに、この記事を書いている理由は、支援者のミカタという僕のカウンセリングの専門の中の「支援者」の中に、部署や部門の長(管理職かどうかを問わず、いわゆるマネージャー職)を含めているからです。

なぜなら、マネージャー職は、組織・部門の支援者のような役割でもあり、マネージャー職への支援が不可欠だと考えるからです。

「係長」の拝命を受けて、職場に足を踏み入れた時

実は、とても緊張しました。

もちろん、部署の面々は初めて会う訳でもなく、ある程度に見知った人たちではありましたが、「係長として」という意識がそうさせました。

簡単な挨拶を皆の前でして、たったそれだけに声を震わせるほど緊張しました。

実際に業務が始まると『多忙』の一言に尽きます。

管理職(課長)になった時の話は、いつかしたいと思いますが、係長時代が一番忙しかったです。

なぜならば、係長はプレイングマネージャーだからです。自分の現場の業務(患者に対するソーシャルワーク業務)の他に、部署内の職員に対する管理(勤怠管理はもちろんのこと、指導、業務遂行の確認等)を行うので目の回るような忙しさでした。

単純な忙しさに加えて、目を配る範囲が広くなると、脳が疲労して「変な頭痛がする」状態をよく味わいました。

最初の数週間、何となく現場を回せるようになると、段々と気になってくることがありました。

「係長って、何をすると良いのだろう。」

組織の規定、上司の説明を聞いても、分かるような分からないような。

マネージャーとは何なのか、いろいろなビジネス書を読み漁ったり、ビジネス系のサイトも片っ端から見たりしました、

管理者研修(管理職だけでなく)にも行きましたが、自分にとってのマネージャー像と、組織に求められるマネージャー像と、世間一般で求められるマネージャー像とでは、それぞれに違いがあり、迷う期間が長かったです。

理論だけ知っても、実践は難しく、実践だけやっていてもこれでいいのか心配になりました。

また、係長手当は付きますが、正直、苦労に見合う金額ではありません。

きっと、どこの組織でもそうだとは思いますが。

ただ、それでも時間外手当が付くのが、係長の良い所でもあります。

何より、本格的な重たい責任は管理職が負うことになるので、係長が部署を背負っているように思っていても、実は管理職に守られていたのだと、後になってから気付きました。

管理職は絶対数が少ないですが、係長級の役職者はまだ一定数おります。

組織によっては、係長同士で相談し合える環境もあるかもしれません。

ただ、部署ごとの業務性質が異なると、役職者同士で役職の業務について相談するのは実は難しかったりします。もっと言えば、部署間の利害関係もあるので、簡単に相談するわけにはいかず、むしろ雑談の延長で部署感の交渉事に発展したこともありました...。

要は、マネージャーが抱えている大変さを相談する相手がいない、乏しいということは珍しくありません。

上司の管理職に相談するのが最初の選択肢ですが、率直に、上司次第だと思います。中には聞いてくれない人もおり、却って厳しい指導して来られると、話せるものも話せなくなります。

もっとも、業務上のことなのか、個人の精神保健上のことなのかによって相談の相手も、仕方も変わります。

しかし、往々にして、両者の区別は難しかったりします。

役職について、心掛けたことがあります。

忙しいから、部署員の話を聞かないということはしない、と。

だから、「ちょっと、いいですか」と言われた時は、手を止めて、必ず相手の側を向いて聞くようにしました。

正直、結構大変な作業でした。しかし、せめて、話だけはしっかり聞こうと思いました。今となっても、大事なことだと思います。もっとも、相手が実際にどう感じたかまでは聞けておりませんが。

これをするには、一定の心の余裕が必要です。

例えば、ソーシャルワーカーとしても、自分や家族に大きな問題を抱えていると、そちらに気を取られ、クライエント(患者さん、ご家族)の話に集中できないということがあります。

割り切って、聞くことも大事なのですが、ある程度、自分の心、私事のことも含めて、落ち着いていないと、実はかなりしんどいです。

この心の余裕や平穏をどうやって作るか。やはり日々の心の荷下ろしやメンテナンスが不可欠だと思います。心が、積もり積もって、荷崩れ、ないし、爆発を起こすと、元に戻るまでが大変で、元のようにできなくなることもあるかもしれません。

係長になってから「多忙」になったと言いましたが、多忙が続くとあまり良い状態ではありません。

段々と業務を「片付ける」ようになるからです。終わらせないと帰れない、仕事が溜まってしまう、との思いに駆られると誰だって余裕を無くします。

僕の場合、余裕の無さは、心の不調を生み、心の症状が出るより先に、体に症状として現れました。

具体的には、腰痛です。腰痛には、不思議なくらいに精神的要因と繋がっていると、個人的には実感します。

ただ単に、運動不足とか、昔、腰を痛めたことがあって癖になっているだけだから、とばかり思っておりましたが、何かしら関連があったと思います。

ある日、遠方への出張で新幹線に乗った時、外の雪化粧があまりに綺麗で、思わず泣きそうになりました。何故、景色を見て泣きそうになったのか自分でも分かりませんでした。ただ、今となっては心が悲鳴を上げていたのだと思います。

忙しさの中にいると、自分を振り返ることもままならず、ひたひたと危機が忍び寄っていることにも気付かなかったりします。

役職に就くとは、業務の範囲が広くなり、多くの点に気を配る必要があります。

それ自体が激務です。まずはその認識が必要です。

相談をされることがあっても、自分の苦しい胸の内を相談する相手を見つけるのが難しかったりします。

もし、役職者が欠けることがあれば、さながら競技における「選手権監督」が欠けるに等しく、その影響は甚大です。そうそう替えが利かないのが係長だと、個人的に思います。

自分の経験を踏まえると、役職者こそ、支援が必要で、自分を整えて、部署を支えてほしいと思います。役者が元気でいてくれないと、皆も元気になれないからです。

役職者に頼り切る訳ではないけれど、重要な存在であるのは間違いありません。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。

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