足るを知る

こんばんは。

『足るを知る』とは、「身分相応に満足することを知る」ことです。

老子の言葉にも『知足』というものがあり「自らの分 を弁えて、それ以上のものを求めないこと。分相応のところで満足すること」を指します。(goo辞書より引用)

そうは言っても、実践するのは容易ではありません。

周りの皆が持っているから自分も欲しい、これがあればとても便利で快適になれる、自分のために必要....

いろいろな言い分があると思います。

しかし、実際に「欲しい」なのか「必要なのか」の区別を、欲求に惑わされずにするのはやはり簡単ではありません。

27カ国以上のヨーロッパで1980年から2011年まで行われた大規模調査によれば、広告が増えるほど、幸福度が下がっていった。(the Center for Economic Policy Research)

(略)

僕たちは、テレビみても、街中を歩いてても、ネットしてても、否応無しに広告が目に入ります。

広告達は、僕たち消費者に言います「お前は、まだ満たされたいんだ。これも足りない、あれも足りないぞ」と。

でもですね。僕たちの生活って、既に満たされてます。

(略)

しかし、企業広告の怖ろしいのは「今の豊かさ」を、感じさせないように、購買意欲をくすぐってきます。

本来なら、要らないものを、頭の良い人たちが、最新の心理学など駆使して、広告設計しているのです。

アジア戦略室

広告が増えるほどに幸福度が下がるとは驚きです。

ただ、「あれも足りない、これも足りない」と思わせる不足感や不全感があるのは個人的には身に覚えがあります。

自分が既にどれだけのものを持っているかを数えずに、あれが足りない、あれさえあればと思ってしまうのは僕の性か、それとも他の人にも共通する性か。

個人的にはスマホやパソコン、タブレットの広告には弱いです。

既に十分すぎる機能を備え、新しいものが手元に置く必然性が無いことは頭では分かっております。

しかし、快適に使っている画像や動画を見ると、ふらふら〜と影響されてしまいます。僕も人も、目に見えるものには弱いのかもしれません。

物を買うにはお金が必要です。しかし、自制心は必要ありません。

足るを知るにはお金はかかりません。しかし、自制心は必要です。

不足を物で満たすときりがなく、自分もどこかで止まりたいと思いながらも止まれなくなるとは、依存症では無くても、多かれ少なかれ、経験したことはあるのではないでしょうか。

お金も無尽蔵ではありませんが、使うことなら誰にでもできます。

自制心は、自分を抑え、克己が必要で尊い能力(精神力)です。

決して失われない、足るを知る心一つを求めた方が、言うまでも無く損はありません。

物があふれる時だからこそ、今有る物で既に満たされているのだとしたら、と考えても良いと思います。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
青森県八戸市・階上町を中心にカウンセラーとして活動しています。また、電話・オンラインカウンセリングもご利用いただけます。
普段使いのカウンセリング(日常の悩み事)と援助職のためのカウンセリングをご提供しております。

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