やめる自由があることを知って欲しい

こんにちは。

しばしば紹介することのあるフェルミ漫画大学の動画を今回も紹介します。

考えさせられた点を記していきます。

四十秒から
何かをやめなければ、新しい何かが入ってくるスペースはなかなか生まれないのだ。

徒然草に「虚空よく物を容る」とありますが、余裕・余力がなければ、新しい行動等を始めることもできません。予定を詰め込み過ぎを充実と思うと、予定に追われて苦しくなるだけです。

一分四十三秒から
「仕事は三年も続けなければならない」とか「諦めないことは美しい」「継続は力なり」といった考えを美徳と見なしている。

個人的にも、そう思っていた時期があります。

しかし、今ではそうは思わなくなりました。何事にも、時と場合があるからです。

限られた時(期間)の中で真剣に打ち込み、有意義さを持たすためにも「見切り」は不可欠だと思います。

また、明らかに心身の状態が危険に晒されるような環境もある訳で、無闇な生存競争を強いるのは好ましくありません。

何より、石の上に三年と耐えた者ほど、それを他人に盲目的に強いることが多く、意義のあることとはいえません。故に、有効な線引き、線引きの定義と基準が必要で、それを見出だすにも知性が求められます。

「やる自由」もあるなら「止める自由」もまた保証されるべきです。

三分九秒から
本当に追い詰められる前にやめなければならないのか

「やめる」には「やる(始める)」時以上の労力が必要になると思います。

動画に紹介されているようなサンクコスト(埋没費用)を振り払うことも、関わりを持った人々との業務関係解消等も、これからの生き方や過ごし方など、新しいことを考えるには、想像以上に力を要します。

それを考えるのを怠ると、ずるずると「やめる」ことは難しくなります。本当に追い詰められると、それを考えること自体が出来なくなり、著しい視野狭窄、思考的狭窄に追い込まれる時がやってくるとかなり危険な状況と思います。

だから動画で言われるように「やめる」とは「自己防衛」の側面があるとはその通りだと思います。

十五分から
続けるにしても、やめるにしても、選択肢は常に自分の手の中にある

「やめたっていいんだよ」「逃げたっていいんだよ」という選択肢がなければ、一択だけでは、まさしく退路を断たれた状態です。

「逃げる」という言葉に否定的な意味合いを感じる方もいるかもしれませんが、百戦百勝などあり得ず、また、負けるのではなく「引き分け」に持ち込んで「出直す」ことであっても良いはずです。

続けたくも無いけど、やりたくも無いとは本当に辛い状況です。そこに選択肢を作れるはずなのですが、「どうせできないよ」「難しいよ」と放棄してしまう人の何と多いことか。「為せば成る」のであって「成らぬは人の為さぬ」だったりします。どちらにせよ、冷静な見極めが不可欠です。

一六分四秒から
管理人の実体験

個人の実体験は唯一無二で、書籍の内容よりも、もしかすると説得力があるかもしれません。

動画の中に『社会不適合者』という自己分析が出てきますが、僕はそうは思いません。いろんな会社があって、中にはブラックと言える会社があるのは事実。会社はブラックではなくても部署がブラックということもあります。

また、日曜日の夜に会社(学校)に行くのが憂鬱とは、誰もが経験したことがあると思いますが、そんな社会が果たして健全と言えるでしょうか。それに耐えて当たり前と思うか、そうで無いかによって捉え方は変わります。この社会は異常なまでのストレス社会であるのは間違い無く(そう思わない人がいても良く、そう思えるのならそれで良し)、それに適合出来るのが果たして良いことなのだろうかと思うことがあります。

そう思う自由があることを知るだけで、救われる人がいるのならば、何度でも言い続けようと思います。

余談ですが、動画の登場人物の「ケンジ」君は、一般的な成人男性を代表している人物像と思われ、皆が心身に負荷を抱えて生きているのだと思います。そんな中、どうやって生きていったらいいだろうかを知恵を求めている方がこういった動画を見ているのではないでしょうか。

僕は、かつて友人に教わった「やる自由があるなら、やめる自由もまた無ければおかしい」の言葉は金言だと思っております。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
青森県八戸市・階上町を中心にカウンセラーとして活動しています。また、電話・オンラインカウンセリングもご利用いただけます。
普段使いのカウンセリング(日常の悩み事)と援助職のためのカウンセリングをご提供しております。

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