決断

こんにちは。

こんな寓話を聞いたことがないでしょうか。

決断しない損


ロバは、左の道の先と右の道の先に干し草を見つけた。
ほぼ同じ距離、ほぼ同じ量の干し草が置かれている。どちらの干し草も美味しそうだ。
「どちらの干し草を食べるのがいいだろうか?」
ロバは迷った。左に二、三歩行くと、右のほうが良さそうに思えてくる。右に二、三歩行くと、左のほうが良さそうに思えてくる。
そんなことを続けているうちに、ロバはとうとう餓死してしまった。

(略)

一つ目の読み方。ロバには二つの選択肢があった。第一は左側の道を進んで干し草を食べること、第二は右側の道を進んで干し草を食べることであった。ロバはどちらか一つを選べず、その場に立ち尽くして餓死した。

二つ目の読み方。ロバには三つの選択肢があった。第一と第二は先に述べたとおり、第三はその場にステイすることであった。ロバは第三の選択肢を選び、餓死してしまった。

(略)

この寓話は、何かを選択することの難しさと同時に、何も選択できずにその場で立ち尽くしてしまう危険性を教えてくれる。人は人生の節目節目で大きな選択を迫られる。そういう場合、その場を動かないほうが良いというケースはあまり多くはない。

プレジデント

難しい決断をしたことがあるほどに、考えさせられるような気がします。

本当に悩む決断は、身を引き裂かれるように辛く苦しく感じます。選択できなかったとして、そうしてしまう気持ちもまた想像できたりします。

誰だって、後悔のある選択はしたくありません。しかし、どちらを選択したら後悔が無いかは、難しい決断ほどわかりません。

僕は、自分が前職を退職して、移住して今の生活をする時の選択を思い浮かべておりました。

何もしないで動かないという選択は確かにあり得なかったと思います。そして、どの決断が最善だったかは短期的にはわからず、もっと長い目で、後になってからでないと判断が定まらないこともあると思います。

選択することは容易ではなく、わからないことだらけで、手探りの連続だった時は辛かったけれども、選択をしたこと自体への後悔は全く無いと言っても過言ではありません。

選択において、予測できる範囲など高が知れております。

十分に予測したつもりでも、わかっていないことの方が多かったと後から気付くことだってありません。

ただ、自分が何を求めているか、何を欲しているか、微かな感覚を頼りにして、適宜、軌道修正するのが現実なのだと思います。

各々が「何によって選択をしたか」の基準を紐解くとその人のより深い物語が見えてくると思います。

それを基に、自分の価値基準を確立していくのも人生の醍醐味と言えるでしょう。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。

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