現状となりたい姿

こんばんは。

おそらく誰でも「自分は◯◯になりたい」と、なりたい姿の像を持っていると思います。

その像が大きいほどに「理想像」となります。

「自分は◯◯に違いない、そうなっているはずだ」と考えたとして、それが今の状況(実態)と大きく差がなければ良いのですが、そこの差が大きく乖離の度合いが大きいほどに苦しむことになります。いわゆる自己概念と現実体験の不一致です。

例えば大きな役職を経験した方が、退職等でその組織と役職を離れると、これまで奮ってきた役職に伴う権力・権威はなくなります。しかし本人がそのことを自覚せずに「自分は偉いんだ」「自分に人は従う」と思っていたとすれば、現実的には職務を離れてなお求心力がある方は極めて稀でしょうから、現実は自己概念と一致しないことでしょう。

いささか極端な例かもしれませんが、現在地(今の自分の状態)を冷静に見つめていくことは重要です。

ここ数年、叱らないで褒めて伸ばすという手法が世の中全般に肯定的に受け取られているように思います。

三つ褒めて一つ叱るという言葉もあるくらいです。

かく言う自分も叱るのは得意ではなく、むしろ褒めるやり方の方が性に合うのは事実です。

ただ褒める一方で考えてしまうこともあります。

嘘は嫌いなので褒めるに値しないことを安易に褒めるのはよろしくないと思います。しかし、良いと思って褒めたとして、相手が実態以上に自分に力があると勘違いして、却って大きな躓きにならないだろうかと心配に感じることもあります。

そんな考えもあって、根拠もなく褒める(特に上げ過ぎる)ことには慎重でありたいと思います。さりとて、今の世の中は個々に自信喪失の傾向も見られるため(個人的にそう感じる)、良い部分は良いこととして「客観的に認める」ことは大事だとは思っております。

その人の強み、いわゆるストレングスと言われる部分はそれを指摘するときにはより具体的に伝えて、その強みを本人が足がかりにして、そのことに本人が引きずられるでもなく自律的に活用できるのが理想的だろうなと思います。

心理学実験でピグマリオン効果というのがあります。

端的に言うと自分が相手に抱く期待値の大きさが、相手の成績を引き上げる効果があると言うものです。

教育現場でも1964年に学生に対して、実験を行っています。ある知能テストを学生に対して行い、結果に関係なく、無作為に抽出した生徒を「これらの生徒は成績が向上する生徒」として、先生に説明しました。
その結果、期待をかけられた生徒は、他の生徒と比較して、成績がより向上したいう(原文ママ)結果が得られました。先生はこれらの生徒を期待を込めて(原文ママ)みるようになる、生徒は期待を込められていることを意識するということが要因だと考えられています。

CBASE

似たようなものにホーソン効果というものがあり、注目してくれた人に応えたいと思い、よい結果が生まれる心理現象が起こるそうです。

これらが毎回同じように再現できる保証はないので注意が必要です。また時に期待は重荷にもなるので同様に注意が必要です。

その一方でこのような逸話もあります。

千葉ロッテが東京オリオンズと名乗っていた1968年、新外国人としてニューヨーク・ヤンキースで活躍し、メジャー通算136本塁打の大物、ヘクター・ロペス外野手の獲得を決め、入団交渉を行うことに。

しかし何かの手違いがあり、交渉の場に現れたのは同じヤンキースのロペスでも、メジャー経験のほとんど無いアルト・ロペス外野手の代理人。

ところがオリオンズの球団幹部はこの代理人を最初から最後までヘクター・ロペス外野手の代理人と思い込み、そのまま入団契約が成立してまいました。(原文ママ)

間違えられたアルト・ロペス外野手の代理人も出場機会を得るチャンスということで、最後まで人違いということを黙っていたそうです。 キャンプ直前、羽田空港に現れたアルト・ロペス選手を見た球団関係者が写真とは全く似ても似つかない姿にびっくりして尋ねたところ、初めて人違いに気付いたそうです。

しかし当時の永田雅一オーナーが「せっかく来たのに返すのは可哀相だ。実際やらせてみて、ダメだったらまた新しい選手を探せばいい」と人違いのまま入団。 そのアルト・ロペス選手ですが、開幕戦で決勝のタイムリースリーベースを打つなど、.289、23本塁打、74打点の高成績。1970年には.313、21本塁打、68打点でチームのリーグ優勝に貢献するなど、日本で6年間プレーする大当たり助っ人になりました。

Yahoo知恵袋

期待はされなくても、実績はなくても奮起してこのように結果を出して面目躍如とばかりに「なりたい姿」に到達できた一例と言えます。

才能の有無とは目には見えず、わからないものです。毎年、あらゆる競技で「期待の新人」の存在が報道を賑わせますが、結果が伴うことはむしろ稀です。実際に結果を出すのは期待もされていなかった選手だったりするからわからないものです。

期待された選手も騒ぎ立てられて結果を出せなければ「こんなはずでは」となるのは辛かろうなと思います。

ルーキーズという漫画の台詞の中で「自分を見つめる勇気を持つ」という趣旨の言葉があったと思います。

昔々、この言葉を読んですごく衝撃を受けました。何だかとても大事なことに思えたからです。

余談ですが、こういった格言めいた言葉について、誰かの解説を聞いて理解するのも良いのですが、なぜ衝撃を受けたのか、なぜ大事だと思ったのか、自分の経験の何と繋がったのかを自分で考えて味わい尽くすことがもっと大事だと思います。

この自分を見つめるとは自己概念(ありたい姿を含めた自己認識)が何なのか、また現実の自分はどうなのか、ありのままを認識するのに有効だと思います。

カール・ロジャーズのクライアント中心アプローチにおいてこの自己概念と現実体験が不一致なほどに不安や不適応が生じるとされ、一致するほどにそれらはなくなり安定してくると言われます。

自分に自信がなくて、ありたい姿を大きく作り、自分を大きく見せるということはあるかも知れません。

その場合、実態に即して、ありたい姿の理想を少し自分に近づけて、より現実的な目標に再設定すれば良いと思います。

より現実的であるほどに、そのための努力(取り組み)もしやすくなることでしょう。

そこに自分を制御できる感覚も培われ、より自律して心は安定していくのではないかと思います。

現在地(今の自分)となりたい姿との距離感が大事です。近くて自己一致していれば良いですが、成長のために少し上を見ても良いでしょう。

そんなことがふと、頭を過り記事にしてみました。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。

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