神は細部に宿る
こんにちは。
神は細部に宿ると言う言葉があります。語源は諸説あるそうですが一言で言うと「細かいところまでこだわることは大切である」の意味とされます。この言葉を広めたのはドイツの建築家であるミース・ファン・デル・ローエ(1886年-1969年)近代建築三大巨匠のひとりに挙げられるほどの大物建築家と言われております。
建築については全くの門外漢ですが、以前に知り合いが家造りについて寸分の狂いなく家を建てるのはとても難しいことなのだと言っていたのを覚えております。家屋も時間が経ては襖の開きが悪くなり、襖というよりも家自体が少しずつ歪みが生じているのでしょう。家全体の骨組みが確かであるだけでなく、襖やその他の扉、窓も滑らかに開くのは均衡の取れた構造がってこそだと思います。「このくらいでいいかな」の適当さが命取りになりそうだということは素人でもわかります。細かいところまでこだわってできるのが建築物なのだと思います。
細かいと言えば、数年間に漫画の鬼滅の刃を読んだ時、大人目線で見ると物語本編では触れられないけれども登場人物の背景、物語が実に細かく設定されていることに驚きました。本編で触れない話ならば適当に済ませてしまった方が楽なのに・・・と思うのですが。何かの論評文でこの表に現れない登場人物設定が緻密で素晴らしいと褒めていたのを見たことがあります。確かに登場人物の積み上げてきた物語があればこそ、その発する言葉や表情には大きな意味を持つと思います。そんな見えないところに手を抜かない姿勢もまた多くの人々に好かれた要因なのかもしれません。ここにも細かいところまでこだわった成果が窺えます。
もうひとつ、別の漫画で「悪いことをしてクビになったお巡りさんの制服や装備品って大体・・・汚れたり壊れたりして返ってくるんだって。逆に還暦まで勤め上げた方や仕事ができる人から返ってくる物は手入れされた綺麗な状態らしいんだ(引用:ハコヅメ第195話)」という台詞があり、なるほどと感心しました。何だか道徳の教科書に出てきそうな話です。そういえば野球選手でも一流の選手はバットやグローブをとても大切に扱うと聞いたことがあります。普段使用するものだからこそ大事にすべきではありますが毎日のことであるがゆえに慢心を生みやすいとも言えます。常日頃のことに対しても細かくこだわる者には相応の結果が伴うのでしょう。
何も言われなければ楽したくなるのが人の性です。しかしそこに手を抜かずにやり切るから生じる価値と成果があり、その姿勢に周囲は心を打たれるのだと思います。「神は細部に宿る」という言葉自体が今もこうして使われているのはその言葉が真実だからでしょう。自分は細部の作業を怠って失敗した経験が直近でもあります。取り返せない失敗は本当に辛いものです。建築にしても出来上がった作品にしても一旦出来上がったものをやり直すことはできません。手がけたその事に対して最初から最後まで徹底していないと本当の意味での完成はないのかもしれません。
スガシカオのprogressという曲の詞にある「あと一歩だけ前に進もう」の言葉が好きで詰めの作業の時にふと思い出すことがります。あと一歩だけ前に進むかのような細部へのこだわり、仕上げだったらば続けられるかな。そんなことを思いました。
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