人前で話すのは苦手でした(二)

こんにちは。

人前で話すことに慣れるに至った、僕の経験の話の続きです。

大学生の時に、僕の強みを見出だしてくださった教員のお陰で、少しは自分に自信を持つことができました。このことからも、人を教え導くことの大切さ、人は一人で全てを覚知することなどできないことが分かると思います。
人は、人の間で生きるから人間です。
人は、誰でも、誰かの力を必要とするのです。支援者が完璧で無欠などということはなく、むしろ、自分の限界を見極める判断力と謙虚さが大事なのだと、今となっては身に染みて感じます。

そして、少しは自分に自信を持つには至りましたが、あくまで「少し」です。それで「人前で話すのができるようになった」などという都合の良い話は残念ながらありません。

成長とは、地味で地道で、見ていて面白い過程ではないのです。

仕事で人前で話す

大学を卒業して、医療機関に就職しました。

医療ソーシャルワーカーを志望しておりましたが、最初からそのような配属とはなりませんでした。
最初は、介護サービス事業の部署に配属されました。中でも通所事業での経験は僕にとっては大きな経験でした。

僕は、多くの通所事業のやり方を知っているわけではありません。また、あくまで介護保険が始まって間もない時期の、一事業所での経験なので、今の感覚で捉えると違和感を覚える方がいるかもしれませんが、ご容赦ください。

僕は週に二回ほど、午前中の集団体操とレクリエーションを兼ねた時間帯(一時間弱)の担当を任されました。僕と、もう一人の人生経験豊富な年齢の職員と、二人で対応しました。
その方は、人生経験が長いだけあって、いわゆるお話(トーク)が上手でした。どちらかというと、体操よりも、人を楽しませるのが上手な方でした。実際、それを楽しみにしているご利用者が多かったです。

「人前でなんか話せない」「あんな風にやれないよ」と思って、何とかその務めを回避しようとしてのですが、仕事なので無理でした。最終的に、「やるしかない」という一択になると、ようやく「やるためにはどうしたら良いか」に的を絞って考えることができました。
「やらなくて済むかもしれない」という逃げ道があると、人は覚悟が定まりません。どうしても逃げることに期待してしまうからです。

実際、どんな準備をしたのか、実ははっきり覚えていません。
実は言うほど、準備をして臨んだわけではなく、まずは、もう一人の職員のやり方を、見様見真似、模倣することから始めました。
不思議なもので、人には個性というものがあり、真似たとしても、必ずその人の色が出て、完全に同じにはなりません。そして、それが良いのでしょう。

ところで、通所の事業所にいると、ご利用者(概ね六十五歳以上)との日常会話を通して、彼らに共通する関心事、いわゆる受ける話が何なのかが、だんだんと分かってきます。例えば、地域の行事の話や◯◯の花が咲いたなど季節に関わる話、彼らが現役であった時代の出来事、昔話などには、結構、反応してくださいます。

送迎中の雑談を、一時間弱の僕の担当時間の中に散りばめたりしました。結果、いわゆる「すべった」ことは殆どなかったと思います。
おそらく若造が必死になって話したので、話に乗ってくれたのは間違いないでしょう。そういう意味でもとても感謝しております。まさに助け、助けられ、です。

あとは、看護師や理学療法士に、体操の勘所を聞いて、適度に解説を入れながらやったりしました。現場の管理者に、「説明を入れながらの体操もいいんじゃない。もう一人の◯◯さんとは、違う感じで良いと思う。」といった趣旨の評価をいただき、とても嬉しかったことを覚えております。

但し、一時間弱の時間を担当すると、尋常ではなく疲れます。
どのくらいかというと、その後の時間帯は誰とも話す気力がなくなるほどにです。それは、全エネルギーをそこで出し尽くしたからだと思います。
加減をする余裕などありません。「やるか」「やらないか」しかなく、「やる」なら「全力を出し尽くす方法」しか知りませんでした。この辺りを制御するには、いささか経験も必要なのだと思います。

ずっと全力でいると、時々、知恵熱のように突発的に微熱を出すことがありました。自分でも、過緊張、精神疲労によるものだとすぐ分かりました。
こういったことも、何事も経験です。どのくらいの加減で臨まないといけないのかを知ることができました。また、自分の限界値を超えると、心はこういう反応を体に起こすのだと、とてもよく分かりました。人の体は、心と密接に繋がっていて、実によくできているのだと知りました。

最終的に、僕としては、苦手だった「人前で話す」を「数十人の前でできた」ことは、とても誇らしく、自信になりました。
人前で話すことの負い目が無くすという経験ができました。

数百人の前でのパネリスト

相変わらず、好き好んで人前で話したくはないという思いはこれ以降も変わりません。今でもです。

ただ、仕事、依頼ごとは、自分の都合とはお構いなしにやってきます。
ある時、所属機関で親しくさせてもらっていた職員(この方はあちこちで講演や研修講師を務める方)から、パネルディスカッションのパネリストを依頼されました。

当時、僕は「地域医療連携室」という部署の発足を担当し、そこに配置されている社会福祉士として、当時としては珍しかったので、ソーシャルワーカーの立場で発言してほしいと打診されました。

人前で話すことの劣等感は克服できたけれど、今度はそれ以上の大舞台での活躍を期待されました。
本音を言えば「怖くて嫌」だったのですが、信頼していた職員であったこと、きちん助けるという条件で引き受けました。

大規模な研修会で五百人くらいの参加者がいたと後から聞きました。
自意識過剰なのかもしれませんが、「コケたらどうしよう」という不安は拭えませんでした。胃のあたりが苦しくて、体も重くて、緊張で落ち着いていられず、堪りませんでした。

ちなみに、その後も、基本、大舞台、あるいは数十人規模であっても、同じように緊張はしました。緊張しないはずがないのです。
きちんと対応しようと思えば、緊張するのが当然で、緊張は、誠実さの証でもあると僕は思っております。

僕は、複数いる内のパネリストでしかなかったので、決して多くを話す立場ではありません。
それでも、五百人の受講者が、僕の発した一言に注目し、時にメモを取り、頷いたり反応する光景は、とても新鮮でした。
この光景を覚えているということは、緊張しながらも、周りを見る余裕はあったのだと思います。

ここでは、大勢の前で話すという経験を、末席でありながらもできたのは、とても良い経験だったと思います。

この所を強調したいのですが、場数を踏むことは圧倒的に重要な事柄です。
場数を踏まずして、上手く人前で話すことなどできないと思います。もっとも、よほどにそういった才能があれば別だと思います。
僕のような平凡な人間でも、場数と踏むと、それなりに慣れが生じて、「ここでは、こうするといい」「この場の雰囲気だと、これはしない方がいい」という判断ができるようになります。
これは、きっと、誰でも培うことのできるものだと思います。違いは、やるかやらないか、それだけだと思います。最初から上手な人はおらず、やっていく中で上手になっていくのだと思います。

後年、「あなたは上手く話せるからいいけど、私は・・・」と言われることがしばしばありました。
それを言われると、少なからず、僕の心は曇り、傷付きました。
なぜならば、必死に頑張ったからできるようになっただけで、まして「上手く」などありません。これは謙遜していうのではなく、何事にも「上には上がいる」「天井知らず」だからです。
「どうやってできるようになったか」を訊いてくる人は、ほとんどおりません。皆無に等しいです。皆、結果だけ見て、最初からできるのだと勘違いするのです。
泥臭く、鈍臭く、汗かいて、恥かいてきたと自認する僕としては、人前で(僕の目には)上手に話している人を見ると「この人はどんな苦労を積んできたのかな」と、好奇心が湧いて、ワクワクします。

何事も、千里の道も一歩から、だと思います。

(次回へ続く)

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。

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