支援者の傷付き(三)

こんにちは。

今回は支援者の傷付きの三回目の話です。
今回も、個人の経験を踏まえてお話ししたいと思います。

僕は、医療機関での支援者(ソーシャルワーカー)経験が主です。
その医療機関のソーシャルワーカーの業務として、多くを占めるのはやはり退院支援であると思います。医療の制度上、病棟・病床の種類によって、治療目的が異なり、入院期間も厳格に定められている病棟もあります。

その中で①医師の治療計画、②患者さんの回復状況(実際の治療状況)、③病棟ごとの入院期限、④患者さん・ご家族の意向を踏まえて、生活課題を特定しながら、意思決定を支援し、⑤退院後の支援者との連携を図りながら、⑥具体的な方針(個別の退院後の生活手段)を具体化し、予定通りの期限内での退院を支援・調整していきます。
ごく簡単に書きましたが、短期間にクライエントだけでなく、組織内職員(医師、看護師、療法士等)、連携機関の支援者と関わるので、密度の濃い意思疎通・調整・合意形成がなされます。

限りある時間の中で、たくさんの情報を整理して、方針をすり合わせるのは、率直にとても大変です。やりがいと表裏一体とも言えますが、それだけで大変さを誤魔化すわけにはいかない側面があると思います。

僕個人の傷付き体験を振り返ると、クライエントに関わることよりも、実は、他職種間との間で生じたことの方が多いかもしれません。

理由は、上記のような濃密な関わりが、短期間のうちに展開するので、どうしても「齟齬(くいちがい)」は起きてしまいます。おそらく、それがより少なく、的確に期待に応えられる人が、「優秀なソーシャルワーカー」と看做されるのだと思います。

期待に応えられないと、状況にもよりますが、少なからず失望させてしまいます。

これは状況によっては仕方がない場合もあります。例えば、心身に何かしらの障害を抱えた患者さんがいたとして、ご家族のいる患者さんと、独居で身寄りがない患者さんでは、どちらか速やかに準備ができるかは言うまでもないことです。
そのような状況下で無理に退院を急ぐことは良い結果をもたらしませんので、ソーシャルワーカーは自らのアセスメントに基づいたリスクを説明し、退院日を予定より延期してもらうのが最善だと思います。

一方、ソーシャルワーカー自身の問題で、期待に応えられない場合だと、なかなか弁解が難しいことがあります。

職員、関係機関から、失望を表明されると、かなり精神的に堪えます。
『失望を表明』と控えめに書きましたが、つまりは、露骨に怒られたり、叱責されることがある訳です。この辺りは、どの社会であっても同じことです。また、直接に何かを言われなくても「がっかりされる」「不満が言葉の端々や表情から明らか」ということがあります。この辺りは、いわゆる非言語メッセージによって、言葉以上に雄弁に伝わってくるので、これもなかなか堪えます。
また、個人的には、他者から「自分の力量を疑われる」のも、かなりきついと感じます。

組織内部にしても、組織外にしても、今後も同じ職員と、連携を図って、業務を行っていかないといけないので、時に「針のむしろ」に座るような気分を味わうことがあります。
こういったことは、医療機関だけでなく、どの職域においても起こりうると思います。

医療ソーシャルワーカーは、注意を払う箇所がいくつもあり、個人的には、針の穴を通すような作業の連続だと思います。

この「期待に応える」は、信頼として、関係職種からの評価となります。積み上げれば「信頼できる人」、応えられなければ「いまいち」と評価されます。残酷な言い方かもしれませんが、査定されて、信用によって成り立つ専門職の世界でもあります。

そして、どうしても言っておかなければならないのは、ソーシャルワーカーに求められた「期待」の全てが妥当とは限らないということです。中には、ソーシャルワーカーが負うべきではないものもあります。また、病院組織の期待に応えることが、時にはクライエントの利益と相反することもあります。
自分自身の身を守りながら、道理を通すのは、特に経験の浅い内は一人で対処するのは難しく、上司の力を借りて、部署として対応する必要がある場合もあります。
僕も所属組織の長(トップ)や部長級と直談判したことも何度かあります。

医療機関のソーシャルワーとは、組織から求められる期待とクライエント及び支援機関からの期待が必ずしも一致しないことがしばしばあります。
「一体、どっちを向いているんだ」と、何度か言われた記憶があります。
グサっと何度も刺さりました。この傷付きは、避けてはならない傷付きですね。専門職として、葛藤しなければならない側面で、これについてはスーパービジョンの出番だと思います。
しかし、そもそも葛藤する程の心身の体力すら無いほど弱っているなら、それだけではない対応が必要です。

支援者が、人と人との間でどう振る舞うべきか。この辺りに自分なりの信念を持ち、ある程度の位置を築くまでは、大変だと思います。

期待の強さは重圧となり、職種のアイデンティティを揺らがせ(揺らぐこと自体は悪いことでは無いが)、自分を見失ったり、負うべきではない深手を負うことになりかねません。

『こういったことに注意が必要だよ。』

僕が初任の支援者だったら、そう教えてくれる熟達者がいて欲しいと、そう思いました。

医療機関は、ある種独特の世界です。その中での支援者の悩みや苦労は、どうしてもソーシャルワーカーにしか分からない所があると思います。

いろいろ大変さを書き連ねましたが、僕は、支援(ソーシャルワーク)という専門性は大好きです。
人という存在(社会的存在、内面的自己)を見据え、クライエントの心や意思にふれ、クライエントとクライエントにいる世界に働きかける壮大な視点が大好きです。

どの立場の支援者も燃え尽き症候群の危機にさらされますが、それを防ぐためにも、支援者としての糧(自己実現だったり、誰かからの感謝だったり)を得たり、ソーシャルワーカー自身のウェルビーイン(より良い状態)を目指すことは不可欠です。

傷を負うことは避けられませんが、癒す手段が個人としても、組織としても、業界としても、社会としても、備えられたら、もっと安心していられるに違いないと僕は考えます。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。

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