ありふれた日常の価値
こんばんは。
日常の悩み事「普段段使い」のカウンセリングの結い心理相談室(青森県八戸市)です。
数多いサイトの中から、当事業所の記事をご覧いただきありがとうございます。
牛タン大好き
急に何を言っているのだ。
書きながら、自分でも思ったので一応、突っ込んでおきます。
先日、久しぶりに牛タンを食べました。
家で牛タンを買って食べることもできますが、専門店で食べる牛タン定食が僕は一番です。
昔と違って牛タンもかなり値上がりしているので、いつでも食べたい時に食べるとはいきません。
それでも食べたくなる時と機会があるのです。
好きな食べ物を美味しいと感じられるのは良い事です。
何を当たり前のことを?
そう思う方もいるかもしれません。
しかし、実は当たり前でなかったりするのですよ。
例えば風邪をひけば、一気に食欲は無くなったりします。
ましてや大病をすれば・・・。
そういったことは無くても
非常に大きな心配事があると、急に味がしなく感じたりしませんか。
正確には、味わう余裕がないというか。
食べながら、心ここに在らずというか。
今ここに、目の前の牛タンが美味しいと思える。
これって、かなりありがたい事なのですよ。
「専門店に食べに行かれる」という事実も大事です。
多忙過ぎて、それ所じゃないということだってあります。
僕もかつてはそんなことがあったな・・・。
それは寂しいというか、侘しいものです。
行こうと思った時に行ける自由があるのは良いことです。
時間的にも。
精神的にも。
経済的にも。
関係的にも。
僕は牛タン専門店には家族で行きます。
家族団欒の時でもあるけど
じっくり味わいたいから、実は必ずしも会話は多くありません。
それでも同じ美味しさを共有できて
美味しいと言って食べたこの機会に意味があるのです。
「またここに食べに行こうね。」
そして、また次に繋けるのです。
何気ない日常の一コマかもしれません。
しかし、この日常の価値を分かっているだろうか。
いつかはできなくなる日が来るかもしれません。
それは仕方がないことです。
自分にはどうにもできないことが人生にはあるから。
でも自分が手を伸ばせば届く所にそれがあるなら伸ばせば良い。
伸ばすだけでなく、その意味を味わい噛み締めたら良い。
いつかそれがとても大切な時間だったと気付くだろうから。
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