言葉の裏側
こんにちは。
『援助職のためのカウンセリング』の結い心理相談室(青森県八戸市)です。
数多いサイトの中から、当事業所の記事をご覧いただきありがとうございます。
以前にも類似の投稿をご紹介したことがありますが
大事な内容なので今回も共有します。
ここ数年の世の中の傾向としては「死にたい」の言葉は
とてもセンシティブ(取り扱いに注意を要する)となりました。
あまりそのような話に深入りさせないように
なるべく遠ざけるように、専門機関に繋ぐように...
援助職自身もそのような「話題」に不慣れだと
動揺もしてしまうことはあります。
だから、そのようなワードが出ると
妙によそよそしくなってしまうことがあるかもしれない。
例えば、そのように訴える方は
なぜ、相談機関に連絡をしてきたのだろうか?
なぜ、他者にそのことを話してくれたのだろうか?
やはり、分かって欲しいとか
本当は生きたいけど、どうして良いか分からないという
心の叫びがあるように思えてなりません。
こんな時
どんな対応が正解かなんて簡単に言えません。
ただただ丁寧に相手の言葉と非言語の文脈を解釈し
聴き、こちらも言葉を発するのみ。
もし、その苦しさが和らいだら?と訊いたら
きっと、送りたい日常があるのだと思います。
貼付したSNS投稿の下部に書かれた言葉が重要です。
『このような言葉を伝えてくれた気持ちを考えてみると、
そこに本当に伝えたいことが含まれているのだと思います。』
僕もクライエントの話を聞きながら
それを話すクライエントの気持ちを必死に想像します。
その人になったつもりで考えてみると
行き当たる「感情」がいくつかあるのです。
それが何かは、クライエントごとに異なるのですが。
なんにせよ、重い言葉だけに
身近で、その気持ちを受け止める人はなかなか居ない事もあるようです。
「死にたいほどの辛い」気持ちの語りは大事です。
展開してみないと分からないのだけれど
語ることで楽になったり、何かしらの浄化の作用が起こることもある。
もちろん、そうではない場合もある。
蓋を開けてみないと分からないことだらけ。
勇気を持ってそれを告げたからには
何かしらの意味や意図があるはずだと思わずにはいられないのです。

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