質は量の賜物
こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。
今日もじわるSNS投稿からいきます。
年齢を重ねることの良い点は、こういった言葉がよく理解できるようになること。
正確には、経験を重ねたというべきか。それもたくさんの失敗を伴って。
本気で仕事なり、勉強なりをするほどに、質にこだわらないはずがありません。そして、誰だって、「良い質を」と願い、意識して励みます。
ところが、良い質って、すぐには生まれません。
個人的には、「良い質とは何か」を頭で考えている内は、質はなかなか伴わないと思っております。
じゃあ、何も考えないで励めば良いのか。それも違います。必死に頭で考えている内は、行動に落としきれない(反映しきれない)のです。
考え、ひたすら繰り返し、考えなくても、指先の神経と一体になるまで意識が研ぎすませるようになると、やろうと思わなくても「質の良い」状態ができていたりする。
何だか、禅問答のような言い回しですが、このようにしか表現できないことが確かにあるのです。
つまり、考えながら、ひたすら量をこなす内に、考えなくても、できるようになっていたりします。
ずっと勘違いしていたことがあります。
それは、一直線、最短で、「高い質」が実践できるようになると。
だから、「何でできないんだ、自分には才能がない、こんな自分は惨めだ。他の人は上手くいっているのに、どうして自分だけ。僕は劣っているのだろうか。」と思ったことがしばしば。
他者の良質な実践を見て、自分にも、すぐできると思ったのが間違いでした。その他者が良質な実践をするのにどれほどの量の練習を積んだかを僕は知らなかったのです。
だいたい、「できる人」ほど、そういったことが分かっているので、「こんなに練習したんだ」とは言わないと思います。上には上がいると分かっているから。自分の努力の量をなど、誇る訳にはいかないと、きっと弁えているのだと思います。
見える所で、あからさまに練習(量)をこなしているのを目の当たりにしているのでなければ、当然、気付かないでしょう。
努力すれば、必ずしも良い質になる保証はないけれど、結果を出す人は皆、多くの努力をしているはずです。
人って、安易に結果を欲しがる。
努力って、地味だから、聞いてもあまり喜ばれない。
だから、安易に成功法則があると勘違いしてしまう。
決して、そんなことはないと思うんですけどね。結局、諦めないで、地道に続けた人が最強だったりする。
僕の僅かな人生経験と得た知識からでも、そう導き出せます。
投稿者プロフィール
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青森県八戸市・階上町を中心にカウンセラーとして活動しています。また、電話・オンラインカウンセリングもご利用いただけます。
普段使いのカウンセリング(日常の悩み事)と援助職のためのカウンセリングをご提供しております。
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