つまづいても、迷っても、明日があると思えるために

こんにちは。
普段使いのミカタ・カウンセリング&支援者のミカタ・カウンセリングの中田雅也です。

子供の頃に見ていたアニメの歌。
大人になっても妙に覚えている歌詞があります。

自分で決めたことだから多分ひとりでも平気さ

つまづいても 迷っても 明日があるから

Uta-Net

覚えていたことの理由は、自分でも分かりません。
ただ、自分の人生の折々の場面で、重要だった言葉です。

人は、わりと主語を見失うと思います。

◯◯から、こうしろって言われた・・・
やりたくないけど、◯◯しなければならない

親から、会社から、社会から
直接的に、あるいは、間接的にたくさんの要求をされます。

敏感な人ほど、それらをひしひしと感じて、応じなければいけないと思う。
応じられない自分は駄目なのだと、勘違いしてしまうのだと思います。

だけど、私・僕は、本当はどう思っているのか。
私・僕は、本当はどうしたいのか。

いつの間にか、誰かの言うことに従うのが当たり前になっていたりする。
本当は、もっと自由なはずなのに。

なんか、もやもやする
なんか、息苦しい

そう思う時は、自分(僕・私)が置き忘れられているからかもしれない。
自分(僕・私)が叫び声を上げているのかもしれない。

自分で決めたことだったら、大概のことは忍耐できると思います。
自分で決めるからには、前提に何かしらの「希望」があったはずです。

そんな思いに、裏打ちされていると、前を、遠くを見つめられているものだと思います。

だから、自分で決められないって、辛い。

指示されて、従うだけ、は不自由。

自分で決めたつもりでいても、「何となく」「消極的選択」だったら、自分で決めたと言えるだろうか。

自分で決めたことだから多分ひとりでも平気さ、と言える道は、どんな道なのだろうか。
つまづいても、迷っても、明日があるから、と思える道は、どんな道なのだろうか。

自分の中に眠る「進みたい」「わくわくする」「せずにはいられない」の芽を捜しましょう。

それは、新たに作るのではなく、既にあったはず。ただ、自分が忘れているだけ。

人生は選択の連続。

今の自分は、過去の自分が、将来に関わる選択(決断)を積み重ねてきた結果。
過去の自分は、どんな希望を持って、決断してきたでしょうか。

たまには振り返ることで、これからの選択に活かせるかもしれない。


投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
青森県八戸市・階上町を中心にカウンセラーとして活動しています。また、電話・オンラインカウンセリングもご利用いただけます。
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