息が長くあるために

なかなか、心の奥を突く、鋭い言葉です。
これらを経験しているからこそ、言える言葉なのでしょう。

そして、僕にも経験があります。
支援者として、クライエントの立場を理解し、共感的に接したいのだけれど、どうしてもできない。
少なくとも、クライエントには何の非もないにも拘らず、どうして僕の心がささくれ立つのか。

僕が大嫌いな、意地悪い人間そのものに、自分がもしかしたらなっているのかもしれない。
そう思うと、余計に自分を許せない気持ちが、その時、湧いてきました。

周囲に対しても、なぜ突っかかるような言い方をしてしまうのか。
自分の中の攻撃性が、普段の自分ではない自分が、自分を支配しようとしている気がして。

要は、疲れ過ぎて、たくさんのことを抱え過ぎて、心のコップが溢れかけていたのでした。

ある時、僕の話を聞いてくれた人がおりました。
「何か、様子がおかしかったよ」と言われたような記憶があります。

自分では許容量が広いつもりでおりましたが、実際はそうではありませんでした。
たとえ、どんなに心のコップが大きくても、溢れたら同じことです。

人は、決して強くはない。
支援者だって、一人の人間だ。

休みましょ。
自分を嫌いになる前に。

過去の自分にも、同じように疲弊して苦しんでいる人に伝えたい。
どうして、あなたが壊れて良いでしょうか。

自分が許せないと言う感情。
なかなか厄介です。
制御できない自分のまま、突き進まなければならない時が最も辛いです。
そんな時は、強制的にでも休まないといけない時。
きっと、我慢強い人ほど、無理をしてしまう。

こういう話を聞くと、「やはり」と思ってしまいます。
自分自身が資本、誤解を恐れずに言えば、大事な商売道具。

それも一生ものの大事な商売道具だ。
だから、心が制御できない時は休みましょ。

それを見た誰かが、自分も休んでもいいんだと、思えるかもしれない。

投稿者プロフィール

中田 雅也
中田 雅也結い心理相談室
あなたのミカタ(味方となり、強みを再確認し、見方を再構成し、やり方を一緒に考える)となって、ソーシャルワーク&カウンセリングを駆使して、あなたの今ここからの歩みをお手伝いします。